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安河内哲也氏の英語4技能論は正しいのか

英語学習は受信型から4技能の時代へ グローバル視点で“話せる英語”を身につける」というタイトルの記事を読みました。執筆者は東進ハイスクールの安河内哲也氏です。

グローバル時代を迎え、英語学習のトレンドは、リーディング・リスニング主体の受信型技能から、スピーキング・ライティングといった発信型技能を加えた、4技能をバランスよく学習する方向へと変化しています。

英語の学習には「Speaking」「Listening」「Reading」「Writing」という4技能があるにもかかわらず、学校教育と企業教育が「Reading」や「Listening」に偏りがちで、「Speaking」や「Writing」が足りていないことがこの失敗の原因なのです。4技能をバランス良く身につけていかなければ英語を話せるようにはなりません。

話のネタを探すためには「Reading」をしなければなりません。発音改善のためにはたくさん「Listening」することが必要です。

論理的に話すためにはe-mailを簡単に書けるくらいの「Writing」力がなければいけません。

つまり、スピーキングテストで高スコアを取るためには、4技能すべてに備える必要があるのです。

記事の内容に多少疑問に思うことがあったのでいくつかコメントします。

目次

グローバル時代の到来により、スピーキングとライティングが重要になっているという主張について

「グローバル時代を迎え、英語学習のトレンドは、リーディング・リスニング主体の受信型技能から、スピーキング・ライティングといった発信型技能を加えた、4技能をバランスよく学習する方向へと変化しています」

この主張は3つの実証的主張をしています。まず第1に、グローバル時代を迎えているという主張、第2に英語学習がリーディングとリスニング重視から4技能重視に変化しているという主張、最後がグローバル化により英語学習法が変化しているという因果関係の主張の3つです。

しかし、「グローバル時代を迎えている」という主張がいまいちピンときません。バブル時代から1990年代にかけて「国際化」という言葉がキャッチフレーズになり英会話ブームが起きたことがありますが、「国際化」という言葉はいつの間にか「グローバル化」に変わり、グローバル時代の到来に備えて、我々はまた何かを習得しないといけないと強いられています。しかし、何がグローバルになっているのでしょうか。日本経済の輸出依存度はピーク時の2007年度においてでさえ、たったの16%です。

グローバル化が世界的に広まれば各国の経済行動は均一化されるはずなのに日本国の貿易依存度は一向に高まっていません。安倍政権発足以降、外国人観光客は増えていますが、海外へ行く日本人の数はとくに上昇していません。海外へ留学する日本人学生の数も短期留学も含めるとデータの数値も変わりますが、OECD調査によればすでにピークが過ぎており、減少傾向にあります。

もっとも教育の質が高いとされるアメリカの大学への留学者数の減少はとくに顕著に現れています。1990年代半ばから2000年代半ばにかけて毎年4万5千人以上の日本人がアメリカの大学に留学していましたが、2010年以降その数は2万人前後に減っています。

大半の日本人にとって、グローバル化というのはせいぜいインターネット内での現象と言えます。日常生活で英語を話すことを迫られる機会がまったくなくても、インターネット内では英文の記事を読む機会にあふれ、リスニング能力があればユーチューブやNetflixなどで英語の番組を楽しむことができます。ネット内で外国人と交流することも可能になり、ライティングと、スカイプ等でスピーキングの力を試す機会も生まれていますが、ネット社会で圧倒的に重要なのはリーディングであり、次がリスニングです。こう考えると、グローバル化でスピーキングとライティングというアウトプット能力が以前より重要になっているという主張は間違いであり、今のインターネット時代ではリーディングとリスニングというインプット能力が昔よりますます重要になっていると考える方が正しいです。

リーディングとリスニングができないからスピーキングとライティングができない

安河内哲也氏は日本人が英語を話せないのは英語学習がリーディングとリスニングにばかり偏っているためだと主張しています。

「テストの点数はいいのにネゴシエーションやスピーチができない人」がたくさんいらっしゃいます。

これは日本の英語教育が失敗していると指摘される点です。では、どうすればできるようになるのでしょうか。

英語の学習には「Speaking」「Listening」「Reading」「Writing」という4技能があるにもかかわらず、学校教育と企業教育が「Reading」や「Listening」に偏りがちで、「Speaking」や「Writing」が足りていないことがこの失敗の原因なのです。4技能をバランス良く身につけていかなければ英語を話せるようにはなりません。

この一見正しそうな主張は、よく読んでみると不可思議な前提が基礎になった言明ということがわかります。

①日本の英語教育はリーディングとリスニングにばかり偏っている。
②日本人の英語学習者はリーディングとリスニングはそれなりにできている。
③リーディングとリスニングができても英語をうまくしゃべれるようにならない。
④にもかかわらず、スピーキングができるようになるためにはリーディングとリスニングができないといけない。
⑤A ライティングとスピーキングの学習時間を増やすために、これまでリーディングとリスニングにあてた学習時間を減らしても、リーディングとリスニングの力は落ちない、
もしくは
⑤B ライティングとスピーキングの学習時間を増やすために、これまでリーディングとリスニングにあてた学習時間を減らすと、リーディングとリスニングの力は落ちるが、ライティングとスピーキングの力は向上する。

①について。TOEICの学習者はリスニングも重視しているでしょうが、日本の中高生は本当にリスニングの学習をちゃんとやっているのでしょうか。

②について。受験勉強を終えたばかりの大学一年生のTOEIC平均スコアは568点(リスニング311点、リーディング256点, 2015年度)だそうです。550点前後しか取れない人はスピーキングもおぼつかないでしょうが、この人たちは「テストの点数はいいのにネゴシエーションやスピーチができない人」に含まれるのでしょうか。

③について。「リーディングとリスニングができても英語はうまくしゃべれるようにならない」という主張は10年近くアメリカに住んでいた私の実感に即していません。リーディングはできても英語をうまくしゃべれない日本人をアメリカでよく見かけましたが、彼らにもっとも共通する特徴はライティングとスピーキングの学習していないことではありません。一番の特徴は英語のリスニングが不得意なことです。相手の言っていることを理解できなければどれだけ演説能力があっても会話は成立しません。経済学者の野口悠紀雄氏は『「超」英語法』でスピーキングよりもリスニングの方がはるかに大事であると主張しています。私は野口氏の主張は正しいと思います。彼の言うように「英語は聞ければ話せる」し、英語を聞けるようになるためにはまずは十分なリーディング力をつける必要があります。

安河内氏がイメージする英語を聞けるが話せない日本人というのは、どの程度のリスニング力があるのでしょうか。アメリカの人気アニメSouth Parkの動画を貼っておきますが、英語をうまくしゃべれないがこのアニメの英語は難なく聞き取れる日本人はどれだけいるのでしょうか。たぶんほとんどいないかと思います。

④について。リーディングとリスニングができてもスピーキングはできないが、リーディングとリスニングができないとスピーキングはできないという一見矛盾した主張はどう理解すればいいのでしょうか。要するに、リーディング力とリスニング力はスピーキング力を得るための必要条件ではあるが、十分条件ではないということです。そうすると、まだ十分なリーディング力とリスニング力がついていない生徒がリーディングとリスニングの学習時間を減らして、その分をスピーキングとライティングの学習時間に回すと、逆にスピーキング能力が高まらない可能性も生じます。実は、英文法の重要性を語る高校英語教師の多くがこの危険性を危惧しています。

⑤について。安河内氏は4技能重視に方向転換することで、リーディングとリスニングの学習時間が減ることで、ただでさえ低いリーディング力とリスニング力がさらにひどくなる危険性を何ら危惧していないようです。

多少は英語はできてもスピーキングは苦手という日本人は多いと思います。しかし、それは本当に安河内氏が主張するようにリーディングとリスニングはできるけどスピーキングとライティングだけできないのか。そういう人にちゃんとスピーキングとライティングの学習もするよう促すことについては何の問題もありません。しかし、リーディングとリスニングというインプット能力が極度に低い日本の中高生に対して、インプット学習の時間を減らす方策を推進することの是非についてはもっと慎重に考えるべきでしょう。そもそも日本の受験英語ではリスニングはとくに重視されていません。安河内氏はリスニング対策が必須のTOEIC受験者と、高いリスニング能力を求められていない大学受験生をごちゃまでにすることで実証的根拠に乏しい政策を支持しているように思われます。

安河内さんは冠詞の使い方がよくわかっていないのじゃないの?

何事も「機会費用(opportunity cost)」がかかります。今の日本の高校生はリーディングとリスニングでさえも大してできないという現状を無視して、「リーディングとリスニングはできるが」という虚構を前提に英語改革を進めれば、日本の高校生の英文法とボキャブラリーの力はさらに低下して、すべてにおいて中途半端な英語力しかない日本人を大量生産するかもしれません。せめてリーディングさえできるようになれば毎日コンスタントにインターネットで英語に接することもできますが、リーディングさえもろくにできなければ、日常生活で英語に接することはなくなり、英語は使うものではなく、ただの勉強する対象でしかなくなります。

それは英語スクール関係者がもっとも待ち望んでいる状況なのでしょうが。

このように4技能重視はすべてが中途半端になる危険性を秘めています。むろん、うまくいく可能性もあります。どちらの方向に進むかはこういった大枠ではなく、具体的に英語クラスで何を重視し、何を教えるかで決まります。日本の受験英語学習で英文法の学習は及第点を取っていると思いますが、発音指導がほとんどなされず、語彙力が軽視されていることをもっと問題視すべきです。英語はボキャブラリーの豊富な言語であり、語彙力の向上なしには英語を使いこなすことはできないということを英語学習者はもっとしっかり認識すべきです。大学入試段階でprostitute, unfold, albeit, the other way around、大学を卒業するころにはdefibrillator, flamboyant, morning sicknessの意味もわかる程度にはボキャブラリー力をつけたいものです。

最後に、この記事の最後に出ている英文でおかしいと思う箇所を赤字にしました。安河内さんの英語スピーチを書き下ろしたものなのでしょうが、スペースが必要な箇所でスペースがなかったり、不必要な箇所でスペースがあります。クオーテーションマークの使い方もかなりめちゃくちゃです。冠詞の使い方がおかしいのがとくに気になります。

English is the language of the world. English is not just an American language now. English is not just a British language anymore. The global use of English might be a product of wars and the sad history of colonization

※English is the language of the world. ←theということは英語は「世界にある唯一の言語」なの?
※English is… English is not… English is not… ←スピーチではこう言う繰り返しもOKですが、文章ではちゃんと代名詞に変えてEnglish… It is not…としましょう。
※…might be a product of wars and the sad history of colonizationは素直に読むと、…might be ①a product of wars and ②the sad history of colonizationと理解してしますがそれでは文意が通じなくなります。そうなると、この文は…might be a product of ①wars and ②the sad history of colonizationと理解しないといけなくなりますが、その場合、「植民地化という悲しい歴史が生み出したもの」の「という悲しい歴史」は不必要です。ということでこの文章は…might be a product of wars and colonizationとシンプルにするのが望ましいです。

But look at the facts. English is used all over the world for businesses and academic use, so it’s everyone’s language now. Over 50% of English speakers are non-native speakers, like us.

※English is used for businesses and academic useはuseが繰り返し出てきて好ましくありません。日本語でも「~の使用のために使用される」とは言いません。またbusinessは可算名詞扱いにすると特定の会社を意味しますが、ここでは「ビジネスの場で使われる」という意味なので不可算名詞として使用すべきです。English is used in business and academiaとすればよいです。
※接続詞soの誤用です。前後の文章で因果関係がとくにないのに日本人はよくsoやthereforeを用いるとマーク・ピーターセンが述べていますが、この文章もすべての人がビジネスもしくは学問の世界に関わっていないという前の文から「英語はすべての人の言葉である」という結論は引き出されません。
※Over 50 % of English speakers are non-native speakers, like us. はspeakersが繰り返されています。後のspeakersは不必要です。またlikeの前のコンマも不必要です。

That means if we go to Africa and talk to the children there, they will say to us, “Welcome to Africa!” Isn’t that wonderful?

※if we go to Africa and talk to the children there…のtheは外してください。アフリカに行って、そこで話をする相手はどの子供でもいいわけです。だから定冠詞はつきません。アフリカに行って現地にいる「すべての」子供と話をするのであればtheをつけないといけませんけどね。

If you go to Russia and talk to the young people walking there, they will say to you,“ Hello, comrades, welcome to Russia!” Isn’t that great? That’s why I teach English. That’s why I want all young people, and all businesspeople to master English. And… and I want you, I want us all to feel the joy of communication. So, why not study this wonderful language more, and why not teach your employees this wonderful common language that connects everybody in the world?


※That’s why I want all young people, and all businesspeople to master English. のコンマは不必要です。外してください。

This will undoubtedly help build a more peaceful world. If you think you can, you can. If you think you can’t, you can’t. So, let’s introduce speaking tests. And make your students, and employees smile.


※This will undoubtedly help build a more peaceful world. ←安河内さんは国際政治学の素養がまったくないようです。なぜ英語を使う人が増えたら世界は平和になるのでしょうか。ケネス・ウォルツの「人間・国家・戦争・国際政治の3つのイメージ」と「国際政治の理論」やE.H.カーの「危機の二十年」でも読んで、国際政治の現実を知ってもらいたいものです。
※If you think you can, you can. ←カーはこういうことを言う人をutopianと称してバカにしています。
※And make your students, and employees smileのコンマは外してください。この文のmakeは使役動詞のはずですが、コンマがつくと「生徒を作れば従業員は微笑む」という不思議な意味になります。

 

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