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伊藤和夫『新・基本英文700選』の勘違い

目次

「基本英文700選」を崇める人たち

1966年から1995年頃まで駿台予備学校で英語講師を務めた伊藤和夫氏 (1927-1997) は70年の生涯で30冊以上の受験参考書を執筆しますが、彼が駿台講師として最初に執筆したのが『基本英文700選』(1968)です。いまだ駿台の生徒はこの50年以上前に初版が出版されたこの本の例文を暗誦させれられているそうです。 インターネットで確認すると700選を絶賛する声で満載です。

試験では間違えても紙の上だけで済む話だが、ビジネスに間違いがあってはいけない。いかに”bookish”と言われようとも、間違えのない内容が書けることが最低条件の世界でも、『700選』は重宝される。 大学受験レベルの英作文は本書の700文を丸暗記しておけば楽にクリアできる。採点官は文法的に間違っていない英文を減点はできないからである。

『基本英文700選』は、文法項目別に、英文の基本パターンを網羅しています。従って、これらを全て覚えれば、あとは単語さえわかれば、基本的な英文は書けるようになるはずです。 「新・基本英文700選」は、英語のほぼ全ての「型」を網羅した例文集です。700選を品詞分解できるということは、ほぼ全ての英文の構造を理解できるということです。

「700選」を批判する受験生は多い。バカな奴らだ。「700選」の英文をすべて覚えれば、英語の極意を得ることができるのにそれをやらないなんて。 右頁の日本文を見れば,左頁の英文が頭に浮かび,すらすら言えるところまで暗誦に努めること (英作文に上達する道はこれ以外にないのである)。『700選』を覚えた学生が「先生、もう模擬試験では分からない構文はひとつも無くなりました。」と目を輝かせ ていって来るのを私は幾度も経験している。 諸君にはその喜びを味わって貰いたいのである。『700選』暗唱の効果が絶大なものであることは、やり抜いたものだけが知っている。 やってもないのに物言うな!

英作文は自分の知っている単語を自分の(貧しい)英文法の力でつなぐ事では決してない。そんな事をすれば、数限りない間違いを避けられないであろう。作文は、モデルとなる文章が頭の中にあって、それを書く場合も同じで、諸君は頭の中にある新聞、雑誌、小説などの豊富な文例をその材料として使っているのだ。英語において、そうした材料を重複なく最小限度で集めたものが『基本英文700選』なのだ。…『700選』を覚えた学生が『先生、もう模擬試験では分からない構文はひとつも無くなりました。」と目を輝かせていって来るのを私は幾度も経験している。

『700選』暗唱の効果が絶大なものであることは、やり抜いたものだけが知っている。 さて、現在高校生(あるいは中学生)という立場にある思春期青年が、この本に取り組む意義は大変大きいものである。 本書に掲載された英文は、それこそ1文1文が将来に渡って使用に耐えうるものになっており、これを暗記すれば受験合格はおろか、社会に出てからも「キミの書く英文は美しい」との賞賛を、外国人からすら得ることができるのであるからだ。

『基本英文700選』の崇拝者たちはどうも以下のイメージを共有しているようです。
①どんな場合にも適用・応用できる基本の英文の型がある。
②「700選」はその基本英文の型を網羅している。
よって
③「700選」の英文をマスターすればほとんどの英語表現ができる。

この基本英文の型は数学の公式のようなものとされます。100の公式を覚えていれば1万の数学問題が解けるように、700の基本文型を抑えれば1万種類の英文が書けるというイメージです。むろん英単語は別に覚えないといけませんが、英文を書くという作業は既知の基本構文に未知の単語を当てはめる作業として捉えられています。いわゆる「構文主義」というやつです。「英語構文を覚えれば、あとは中に入れる単語を入れ替えるだけで多様な表現が簡単にできる。」「応用のきかない英単語は構文よりも重要でない。」構文主義者はこのようなイメージをもって英語を学習します。そして構文主義者にとっての聖書が『新・基本英文700選』なわけです。その使用法は非常にシンプルです。

1. 英文和訳の練習をしましょう。
まず、左ページの英文を和訳しましょう。不明な箇所は辞書で調べ、かならず自分で訳し、その上で、右ページの日本文と対照してください。
2. 和文英訳=英作文の練習をしましょう。
右ページの日本文を見れば左ページの英文がスラスラ言えるところまで、暗誦してください。英作文に上達する道はこれ以外にありません。

鈴木長十・伊藤和夫『新・基本英文700選』本書の特長と利用法

英作文に上達する道はこれ以外にはないんですって。そんなわけないでしょう。

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700選崇拝者たちの壮大な勘違い

例文を700暗記したら英語がペラペラになるという幻想を持つは以下の前提を受け入れないといけませんが、それはありえない前提ばかりです。

どんな場合にも適用・応用できる基本の英文の型がある。

日本人学生の英会話能力を上げたいと思うなら、 授業のカルキュラムをすべてやめて、この「新・基本英文700選」をひたすら暗記させれば良い。 暗記できない者は高校の卒業資格を与えない。これで日本人の英会話能力は劇的な改善をみせると思う。 極端な話だが、そこまで本気にならなければ、英語など一生話せない。 とにもかくにも「型」の習得が大事なのだ。 この「新・基本英文700選」は「型」の習得において、絶好の教材である。

たしかに英語には型があります。その典型が基本5文型です。肯定文・否定文・疑問文の違いも型で説明できます。英文法の中でも特に関係詞や比較は型の説明で習得する項目が多いです。伊藤和夫氏によれば英語では基本の型が700あるそうなのですが、実は700選で「太字」になっている箇所(注: 『新・基本英文700選』の各例文には「重要な構文と文法事項」とされるものが太字になっています)の多くはただの熟語にすぎません。また700選ではTPOによる英語の使い分けがまったく無視されています。ビジネス英語と小説の英語はかなり異なるし、カジュアルな表現と大学受験対策用の英語もかなり異なります。硬い英語とカジュアルな英語を使い分けるという作業をするだけで英語の型は一気に増えます。むろん、単語の数だけ型があるわけでもないので、英単語学習とは別に英文の型の習得を目指すのは悪いことではありませんが、その型はいくつあるのでしょうか? その型の何パーセントを習得しないといけないのでしょうか? 例えば、英文の型が5,000あったとします。その中の700の型をマスターすれば実際に出てくる型の98%を押さえられるというのであれば700の例文を覚えるのは非常に効果的な英語学習と言えます。しかし、英語には型がいくつあり、その中のどれだけ覚えればほとんどの型を習得できるか調べた研究はあるのでしょうか? 伊藤和夫氏が厳選(?)した700の例文の型は特に重要な型と考える根拠はどこにあるのでしょうか?

「基本英文700選」は重要な英語構文を網羅している。

そう断言している人たちは普段、どういう英文を読んでいるのでしょうか。どういう英文を書いているのでしょうか。英語の原書を読むこともなければ、インターネットで英語ニュースを閲覧することもない。英語で論文を書いた経験が一度もなければ、仕事でビジネス英語を使うこともない。そういう人であればそんなバカな勘違いをすることもあるのかもしれません。私が本屋でライティングの勉強本を購入する前にどういう説明をしているか確認する表現が5つあります。respectively, and vice versa, thereby, albeit, not the other way aroundの5つです。「Aは20、Bは30、Cは15だった」は英語では A, B, and C were 20, 30, and 15, respectively. と表現できます。vice versaは …, and vice versa. という形で「逆もまた同じ」という意味になります。Mayo hates Kaiya, and vice versa. だと「麻世はカイヤを嫌いで、カイヤも同じく麻世を嫌っている」という意味になります。therebyとalbeitは文語調なので今は使われていないと思っている人が多いですが、実際にはいまだによく使われるます。「それによって」という意味のtherebyは He became a citizen in 1978, thereby gaining the right to vote. (彼は1978年に市民権を得て、選挙権を得た。) のように後に-ingが続く形でよく使われます。albeitはalthoughの同義語です。not the other way aroundは文の最後につけて「その逆ではない」を意味します(e.g., Government should fear the people, not the other way around. ─Killer Mike)。

私もこの5つの表現は英文を書く際によく使うのですが、700選にはいずれも収録されていません。日本人にはわかりにくいbe followed byという表現も700選には出てきません。

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【5分でわかる】followとfollowed byの意味の違い A follows Bは「AはBの後についていく」、「AはBの後に起こる」という意味ですが、この受動態のA is followed by Bは「AはBの後をつけられている」、「Aの次にBがある」という意味になります。AとBのどちらが先かわかりにくいので例文を通してしっかり動詞followの用法をマスターしましょう。

口語英語では定番のwanna, gonna, gottaという短縮形の言い回しも『700選』には出てきません。むろん700という限られた数の例文で重要構文をすべて網羅することは当然不可能なのですが…

そういうわけです。「基本英文700選」が重要な英語構文を網羅しているわけはないのです。そうなると伊藤和夫氏はどういう基準で数多くある構文の中から700を厳選したのか知りたくなりますが、それが全くわかりません。古臭い英文もあれば会話文もあるし、イギリス英語もあればアメリカ英語で出てくるし、論文から抜粋された英文もあれば小説から抜き取った英文もあります。ネイティブがよく使う表現から集めたわけでもなければ、大学入試問題のデータベースを作成してそこから重要表現を集めたというわけでもありません。一人の英語学習者が「これいいな」と思った英語の文章をノートに書き留めたものを文法別に整理しただけの例文集のようにしか見えないのが『基本英文700選』です。

「700選」の英文をすべて覚えれば、ほとんどの英語表現はそれを応用して表現できる。

実は『基本英文700選』に収録されている英文の多くは何も基本ではありません。基本であれば応用できるはずですが、「この日本語は英語ではこう表現できるよ」というだけの英文が数多く出てきます。例えば、以下の英文。

2. My watch may be one or two minutes fast [slow].
私の時計は1分か2分進んで(遅れて)いるかもしれません。

one or two minutesの箇所はほかの時間を自由に当てはめることができますが、この例文は「時計の時間が進んでいる(or遅れている)」 という表現以外にどう応用できるのかさっぱりです。それは次の英文でも同じことです。

11. “Does your watch keep good time?” “No, it gains [loses] ten minutes a day.”
「君の時計は正確ですか」「いいえ、1日に10分も進む(遅れる)んです」

また、伊藤和夫氏は山崎貞の『英文解釈研究』を英語自体の構造には目が向けられないただの熟語集と批判しているのですが(伊藤和夫『予備校の英語』研究社, pp.32-7)、700選も英語構文とは関係ない日常会話の表現や英熟語が多数掲載されています。例えば、

128. Help yourself to anything you like.
なんでもお好きなものを召しあがってください。

日常会話で使える表現ですが、料理をふるまったり、食事をおごったりする機会のない私にはまったく不要な表現です。「動詞+oneself+to」は英文法としては学ぶべき項目ですが、この英文法の知識があったからといって表現の幅が一気に増えるわけではありません。700選にはdevote oneself toとhelp oneself toの2つが載っているので700選を習得すればこの2つの熟語は使えるようになります。ただし応用はきかないのでこの形のほかの熟語は1つずつ覚えるしかありません。adapt oneself toもcommit oneself toもintroduce oneself toという表現をhelp oneself toからは導き出されないということです。また、以下の英文。

560. He had no more than 100 dollars. 彼はたった100ドルしか持っていなかった。
561. He had no less than 100 dollars. 彼は100ドルも持っていた。

moreやlessがあるとつい比較構文と思いがちですが、ここでのno more thanとno less thanはただの熟語です。英語学習者が覚えるべき英熟語ではありますが、伊藤氏がどういう基準で、大学受験レベルでも千以上は覚えないといけない英熟語の中で特定の英熟語だけ「基本英文」として選んだのかが一向にわかりません。

696. I go to see my friend in the hospital every other day.
私は入院中の友人を1日おきに見舞いに行きます。

「1日おきに」という意味のevery other dayもただの熟語です。なぜ厳選されて選ばれたはずの700の構文の1つとしてこの文章が選ばれたのでしょうか。

322. Come what may, come what may, I will love you, until my dying day.
何が起ろうと、何が起ろうと、私はあなたを愛するわ。私がこの世を去る日まで。

まだevery other dayという熟語は使いことがあるでしょうが、come what may, come what mayなんて熟語を使う機会なんてめったにないというかは、まったくないでしょう。

要するに、「『新・基本英文700選』の例文をすべてマスターしたら、何か特別な英語力がつく」という考えはただの勘違いというわけです。重要構文をマスターすればあとは単語を当てはめていけばどんな表現でもできるというのはただの間違いだし、700選が重要構文を網羅しているというのもただの勘違いなので、700選の例文をすべて暗誦できるようになると英語力が飛躍的につくというのも間違いです。構文は単語よりも大事というのも間違いです。英文を読んでいてわからない単語や構文に出会ったときは文脈で意味を予想しますが、構文の方が意味を予想しやすかったりします。逆に名詞は非常に推測が難しいです。子供が病気になった時にA~Cの誰に診てもらいますか?

A. gynecologist
B. pediatrician
C. veterinarian

正解がわからない人は、文章の中でこれらの単語が出ていた時も、文脈で単語の意味を推測するのは非常に困難です。英単語よりも構文を重視すべき根拠は特にないのです。

そして形容詞の後に何の前置詞が続くかといった語法は、個々の単語に特有なので基本構文をマスターしても語法まで使いこなせるようにはなりません。例えば、「~について話し合う、議論する」という意味のdiscussは他動詞として使われるのでdiscuss aboutというのは間違いですが、自動詞として誤りやすい他動詞は1つずつ覚えていくしかありません。

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とは言うものの、「英文を暗記することは英語表現の幅を広げるし、ボキャブラリーと語法の大切さを理解した上で英語構文も勉強するのであれば、700選を使うのも決して悪いことではないはずだ」と700選シンパから反論をもらいそうです。

700選に出てくる英文に問題がなければその主張は正しいと思います。ただし英文に問題があれば「700選は買わない、使わない、他人に勧めない」でいくべきです。では次回は、700選に出てくる英文がけっこうどんくさいことを明らかにします。

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